ここでいう自分の「当たり前」とは、ある作業をするときに自分が毎回挟んでいるのに、説明する必要があると思っていない工程のことである。 考え方や信条ではなく、動作の単位で存在している。説明しないので人には伝わらず、毎回やっているので自分でも見えない。
この記事で扱うのは、よくやる作業を1つ選び、他人に引き継ぐつもりで手順書を書き、そのとき書かずに飛ばした行を戻して分類するまでの45分である。必要なのは紙1枚と、実際にその作業を1回やる時間だけである。
「自分の当たり前を書き出してください」で、1つも出てこない
自己理解のワークや面談の準備で、「あなたにとっての当たり前は何ですか」と聞かれる。よくある助言は「人に驚かれたことを思い出しましょう」である。
思い出そうとする。3分考えて、何も出てこない。かろうじて「返信が早いと言われたことがある」が出てくるが、それが自分の何を指しているのかは分からない。書き出せたのは1行で、しかも他人の感想をそのまま写しただけになっている。
出てこないのは、材料を「他人の反応」に置いているから
驚かれた場面から拾う方法には、材料側の制約が3つある。
第一に、頻度が低い。人が自分の作業手順を見て反応する機会は、年に数回あるかどうかである。第二に、覚えていない。驚かれた側はその瞬間に説明を求められていないので、記憶として残らない。第三に、残っていたとしても、言葉が相手のものになっている。「丁寧だね」は相手の評価であって、自分が挟んでいる工程の名前ではない。
形式の問題として整理すると、必要なのは他人の反応の記憶ではなく、自分の作業手順そのものである。当たり前は、意識されないまま手順の中に混ざっている。だから、手順を外に出して、その差分を見る形にすれば、他人がいなくても拾える。
差分の作り方はこうである。人は他人向けの手順書を書くとき、「これは言わなくても分かるだろう」と思った行を自動的に飛ばす。飛ばされた行が、当たり前の候補そのものである。つまり、書いた手順書ではなく、書かなかった行を復元するのがこの方法の中身になる。
手順(45分・紙1枚)
1. 対象の作業を1つ選ぶ(5分)
条件は3つ。週1回以上やっている/始めから終わりまで15〜60分で終わる/自分ひとりで完結する。会議の準備、買い物、洗濯、請求書の処理、報告メールの作成、レシピを見ない定番の料理。どれでもよい。
「得意なこと」を選ぶ必要はない。むしろ、面倒だと思っている作業のほうが工程が多く、当たり前がよく出る。
2. 他人に引き継ぐつもりで手順を書く(10分)
明日から別の人がこれをやる、という前提で10〜15行の手順書を書く。動作の単位で書く(「準備する」ではなく「メールの検索窓に取引先名を入れる」)。
この10分は急いで書く。 丁寧に書くと、次の手順で拾う差分が消えてしまう。飛ばした行が材料なので、飛ばしたまま提出する感覚でよい。
3. 実際に1回やりながら、飛ばした行を戻す(20分)
ここがこの方法の中心である。手順書を横に置いて、その作業を実際に1回やる。そして、手を動かしたのに手順書に書いていない動作が出るたびに、赤で行を足す。
出てくるのは、たとえばこういう行である。
・検索する前に、前回の分のファイル名をもう一度見る
・送る前に、宛先だけ最後にもう一度読む
・材料を出した直後に、使う順に左から並べ替える
・3行以上書いたら、いったん立って戻ってから読み直す
思い出しで書こうとすると、ほぼ出てこない。実際にやりながら書くことで初めて拾える種類の行である。ここで3〜8行が足せれば足りている。
4. 足した行を3つに分ける(5分)
赤で足した行を、次の3つに振り分ける。
- (a) 品質を支えている工程: その行を抜くと、後で手戻りや謝罪が発生するもの
- (b) 抜いても結果が変わらない癖: 安心のためにやっているが、抜いても困らないもの
- (c) 他人がやらない前提: 自分だけが「そういうものだ」と思っている段取りの順番や基準
分け方に迷ったら、「来週これを1回だけ抜いてみて、困るか」で判断する。困るなら(a)、分からないなら(b)に入れておく。
5. (a)と(c)から1つだけ言葉にする(5分)
最後に、(a)か(c)の行を1つ選び、作業名を外して1文に書き直す。
送る前に宛先だけ最後に読む → 出す直前に、相手が誰かをもう一度確かめてから出す
1つでよい。ここで3つも4つも作ると、どれも翌週には思い出せない。残った行は紙に残しておき、次に別の作業でやるときに合流させる。
実際にやると、ここでつまずく
手順2で「一般的な手順」を書いてしまう。 自分のやり方ではなく、検索すれば出てきそうな正しい手順を書くと、手順3で足せる行がほとんど出ない。防ぐには、手順2を自分の道具の名前で書くとよい(「表計算ソフト」ではなく、実際に自分が開くファイル名で書く)。固有名詞が入っていれば、自分の手順になっている。
当たり前=長所だと決めてしまう。 足した行を全部(a)に入れたくなるが、実際には(b)がかなり出る。(b)は、直すべき欠点という意味でもない。ただ、(b)が多い作業は所要時間が読みにくくなっていることが多く、そこを知れること自体が収穫になる。
対象の作業を大きく選びすぎる。 「仕事」「家事」のような単位を選ぶと、手順書が抽象的になり、手順3で実際にやることもできない。15〜60分で終わる単位まで小さくする。
1回で7つも8つも見つかると思ってしまう。 1作業から出る(a)と(c)は、実際には1〜3行である。当たり前は作業ごとに別々に埋まっているので、数が欲しければ作業を変えて繰り返すしかない。1回で足りなかった、と受け取る必要はない。
この手順の限界と、LifeOSがそこをどう扱うか
この方法の限界は、はっきりしている。1回の実施では、選んだ1作業ぶんしか出ない。自分の当たり前は作業の数だけ散らばっているので、全体像を見たければ、対象を変えて何度かやる必要がある。
そして、繰り返すときに問題になるのが保管である。1回目の紙は3週間後には見つからない。見つからないと、2回目は同じ作業を選びがちになる。結果として、同じ2〜3行を毎回拾い直すことになる。
続けるための条件は1つで、1作業ぶんの結果を、次の回の自分が読める場所に置いておくことである。週1回の振り返りを持っている人は、そこに「今週やった作業のうち、説明しなかった段取りは何か」を1問だけ足すと、材料が1行ずつたまっていく。対象を選ぶ手間もなくなる。
LifeOSは、週1回の対話で出てきた言葉を時系列で残し、後から並べて見られる形にしている。当たり前を判定するものではなく、作業ごとに散らばる1行を、同じ場所に積んでいくための設計である。診断や治療、カウンセリングを提供するものではない。
関連する手順として、同じ「週の記録から拾う」形でも、出力が違うものが2つある。作業の単位で強みの候補を1つ取り出す方法は自分の強みの見つけ方、得意・苦手と好き・嫌いを混ぜずに分ける方法は得意と苦手を週の記録から分けるにまとめている。この記事の手順は、そのどちらでもなく、1作業の手順書に書かれなかった行だけを扱っている。ここで拾った行を、自分の判断の傾向として言葉にしていく全体像は自分の価値観の見つけ方にある。
FAQ
人に驚かれた経験がまったくありません。当たり前は無いということですか?
驚かれた経験の有無と、当たり前の有無は、別のこととして扱える。驚かれるには、自分の作業手順を誰かが横で見ている必要があり、その機会自体が少ない。この記事の手順は、その機会を待たずに自分の手順書の差分から拾う形にしている。
当たり前に気づいたら、それを仕事や転職でどう使えばよいですか?
この手順の出力は、そのままでは応募書類の言葉にならない。(a)に入った行は「手戻りを減らすためにやっている工程」なので、使うならその工程の結果(やり直しが減った、確認の往復が減った)とセットで書く必要がある。結果が手元にない場合は、来週1回だけ意識して回数を数えてから書くほうが早い。
家族や同僚に「私の当たり前を教えて」と聞くのは有効ですか?
聞くこと自体は妨げにならないが、返ってくるのは相手の評価語(「几帳面」など)になりやすく、動作の行にはなりにくい。聞くなら、「私がこれをやるとき、あなたがやらない手順はどれか」と、手順書を見せながら聞くほうが行として返ってくる。その意味でも、先に手順2〜3を済ませておくとよい。
