キャリアの棚卸しとは、これまでに自分が仕事として担当した範囲を、記憶ではなく記録として一覧にする作業である。 「何がやりたいか」を決める作業ではなく、決める前に並べる材料をそろえる作業にあたる。やりたいことの判断は、材料が並んでからのほうが速い。
この記事で扱うのは、1つの職務を「担当・判断・引き継ぎ」の3視点で書き出し、それを在籍期間の順に並べる手順である。所要は90分前後。転職するかどうかの判断や、職務経歴書の書式には立ち入らない。
職務経歴書の欄を前に、30分何も書けないことがある
転職サイトに登録して、職務経歴の入力欄を開く。会社名と期間までは埋まる。その次の「業務内容」で手が止まる。頭のなかには断片がある気がするのに、文章にしようとすると「営業を担当」「資料を作成」くらいしか出てこない。
30分ねばって、昔のメールや共有フォルダを探しはじめる。探しているうちに当時のやりとりを読み込んでしまい、1時間たって入力欄は空のまま、ということもある。
数日後にもう一度開くと、前回より書けない。前回思い出した内容が残っていないからである。この繰り返しに入ると、棚卸しそのものが「気力のあるときにやる作業」になり、気力のあるときが来ない。
書けないのは経験が薄いからではなく、問いが大きすぎるから
「業務内容」という問いは、答えの範囲が決まっていない。3年ぶんを1文で書いてもよいし、1日の流れを書いてもよい。範囲が決まっていない問いに答えようとすると、どこから書くかを決める作業が先に発生し、そこで止まる。
もう1つは、評価を同時にやろうとすることである。書きながら「これは実績と呼べるのか」「数字がないと弱いのでは」と考えると、1行ごとに判断が入る。判断は書き出しが終わってからまとめてやるほうが速い。
形式のほうを先に変えると手が動く、という考え方は自分の価値観の見つけ方と同じ順序である。転職を前提にしない形で自分を見る手順は社会人の自己分析のやり方にまとめてある。
手順: 3視点で職務を書き出す(90分)
1. 職務の単位に切る(15分)
会社ごとではなく、担当が変わったところで切る。同じ会社でも部署異動・担当製品の変更・役割の変更があれば別の職務として数える。逆に、会社が変わっても同じ仕事を続けたなら1つにまとめてよい。
紙かテキストファイルに、切った単位を上から並べる。各行に「期間(年月〜年月)」「所属」「一言での呼び名」だけを書く。この時点では内容を書かない。目安は5〜12行。20行を超えたら切りすぎなので、担当製品の違いなどはまとめ直す。
2. 1職務につき3視点で書く(1職務5分×職務数)
各職務に、次の3つだけを書く。順番は固定する。
- 担当: 自分の手が実際に動いた範囲。「〜の運用」「〜の作成」など動詞で終える
- 判断: 自分が決めてよかったこと。金額、優先順位、採否、進め方のどれか1つでよい
- 引き継ぎ: その職務を離れるとき、後任に説明が必要だったこと
3つめが書きにくい職務もある。引き継ぎは、その仕事で自分だけが持っていた情報が何だったかを示すため、担当範囲より実態が出やすい。離れていない現職は「今日いなくなったら誰が困るか」で代用する。
1職務5分でタイマーを切る。空欄が残ってもよい。空欄も情報である。
3. 数字が思い出せる行にだけ数字を足す(10分)
全職務を書き終えてから、上から見直して数字を足す。人数、金額、件数、期間のどれか。思い出せない行には足さない。 推定値を書くと、後で聞かれたときに答えられず、棚卸しの信頼度が下がる。数字が付く行は全体の2〜3割で足りる。
4. 3視点を横に読む(15分)
縦(職務ごと)ではなく、横(視点ごと)に読む。「判断」の列だけを上から読むと、自分が任されてきた決定の種類が見える。「引き継ぎ」の列だけを読むと、自分に集まりやすい情報の種類が見える。
ここで初めて評価を入れてよい。各列について、繰り返し出てくる言葉に丸を付ける。週の記録から同じ作業をする手順は自分の強みの見つけ方にある。
5. 1ページに要約する(10分)
丸を付けた言葉を使い、「担当してきたこと」「決めてきたこと」「集まりやすい情報」を各2〜3行で書く。この1ページが、職務経歴書にも面談にも流用できる元になる。
実際にやると、ここでつまずく
手順1で、職務の単位を決めるのに時間がかかることがある。迷ったら細かく切っておき、手順4で読みにくければまとめ直す。最初から正しい粒度を当てようとすると、ここで15分を超える。
手順2で起きやすいのは、過去の資料を探しに行ってしまうことである。共有フォルダを開くと、当時の資料を読む時間が発生する。この手順は記憶で書くのが前提で、思い出せないものは「思い出せない」と書いてよい。資料の確認は、応募書類を作る段階で、必要な行についてだけやれば足りる。
もう1つは、直近の職務ほど詳しく、古い職務ほど薄くなることである。これは自然な偏りだが、古い職務の「判断」の列が空だと、横読みのときに傾向が見えにくい。古い職務は担当を1行にして、判断だけは思い出すようにすると、量の偏りが減る。
生活全体を同じ形で並べたい場合は、対象と手順が変わるので人生の棚卸しのやり方のほうが合う。
この手順の続けにくい点と、LifeOSがそこをどう扱うか
続けにくいのは、棚卸しが「転職を考えたとき」にしか起きないことである。90分の作業は、必要に迫られないと始まらない。そして必要に迫られたときは、たいてい時間がない。
もう1つは、更新されないことである。一度書いた1ページは半年で古くなるが、更新のきっかけがないまま次の転機を迎え、また90分かけて最初から書くことになる。横読みで見えた傾向も、1回ぶんの記憶から出たものなので、そのとき考えていたことに引っぱられやすい。
LifeOSは、週1回の振り返りを前提にしている。週ごとに出た言葉が残っていくため、棚卸しのときに記憶から復元する量が減る。「判断」や「引き継ぎ」にあたる話は、週次の対話のなかで出てくることが多く、それが積み上がっていれば、90分の作業が、並べ替えと読み直しだけで済む場合がある。
いまの時点で90分をまとめて取れない場合は、週1回ぶんから試す形もある。LifeOSを3分だけ試すと、週ごとに言葉が残っていく形がどういうものかは分かる。
よくある質問
転職する予定がなくても、キャリアの棚卸しをする意味はありますか
意味を感じるかは人によるが、転職しない前提でも使える場面はある。たとえば異動の希望を出すとき、社内の面談で担当範囲を説明するとき、仕事の引き継ぎ資料を作るときに、この1ページがそのまま材料になる。転職を決めてからやると時間に追われるため、決める前にやっておくほうが落ち着いて書けると感じる人もいる。
アルバイトや副業の経験も書いたほうがよいですか
手順1で職務の単位に切れるなら書いてよい。判断の基準は雇用形態ではなく、担当・判断・引き継ぎの3つが埋まるかどうかである。3つとも埋まらない短期の仕事は、棚卸しの材料としては薄いので、行だけ残して中身は空欄でよい。応募書類に載せるかどうかは、この手順とは別の判断になる。
1回の作業で終わらないときはどうすればよいですか
手順2の途中で切るのがよい。職務の単位(手順1)まで終わっていれば、次回は続きの職務から書き始められる。逆に、手順1の途中で止めると、次回に単位の切り方から考え直すことになる。1回あたり30分、3回に分ける進め方でも、横読み(手順4)までたどり着けば結果は変わらない。
